経営学はなんのためにある?               

 天才投資家としてその名をとどろかせたジム・ロジャーズは、10年で4000%を超える驚異的なリターンを実現し、37歳で引退。その後彼は、コロンビア大学ビジネススクール経営学専門職大学院)で教鞭もとり、「ビジネススクールに通っても、お金と時間の無駄だ。実際のビジネスで成功経験のない教授たちの教える経営学は何の役にも立たない。世界を旅して、実際に自分の目で見て、耳で聞いて、体で感じることが何より大切なのだ」と学生たちに説いています。
 「国際経営論」を専門とする私には、ジム・ロジャーズのこの言葉はぐさりと刺さります。私もまた、「実際のビジネスで成功経験のない」一人だからです。大学院に進学し、経営学の一領域である国際経営論を専攻して学び始めた頃から、国際経営論の意義とはなんだろうと、自分自身に問い続けてきました。
 「経営学は何のためにあるのか」、「経営学は実際に役に立つのか」という問いかけが、しばしば批判的な意味合いをもってなされてきました。つまり、暗に「経営学は現実には役に立たない」と言われてきたのです。
 確かに、学会の中だけで行なわれている、社会との接点のないテクニカルな議論を見る限りでは、経営学経営学者が生計を立てるためにあるのだということになるでしょう。しかし、それだけに留まっているわけではありません。では、経営学の役割とは、経営学の意義とは何なのでしょう。
 「企業の経営は、サイエンスとアート」と言われます。つまり、企業経営には科学的側面と芸術的側面があるということで、そのどちらが欠けてもうまくいきません。この科学的側面をになっているのが、経営学です。ですから、もともと経営学だけでは企業経営には不十分なわけです。しかし、個人のセンスや経験に大きく依存する芸術的側面だけでも限界があり、どちらも不可欠なのです。
 このことは、理論と実践は密接不可分(車の両輪)である」とも言われています。理論だけでも、実践だけでも不十分で、両者は車の両輪のように、どちらが欠けてもうまく前進できないというわけです。「実践なき理論は机上の空論であるが、理論なき実践は無謀な冒険である」のです。優れた理論は、実践に威力を発揮するのです。科学的側面と芸術的側面をもつ企業経営には、経営学の実践的理論に加えて経営センスと経験が必要です。どちらかに偏ってしまうといけません。
 経験偏重については、賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という戒めの諺があります。自分の経験には限りがあるので、経験だけに基づいて物事を判断していると、誤ってしまうわけです。経験から得られた教訓は、過去の限られた時点における、限られた状況の中でのみ成り立つということです。今日のように変化の激しい時代には、自分の限られた経験はすぐに役立たなくなってしまいます。
 そこで歴史に学ぶ必要が出てきます。つまり、他の多くの人たちの経験を通して、そこから得られた共通の教訓を学ぶことが大切になります。歴史は人間の英知の結集です。
 この歴史とは、理論とも言い換えることができます。理論とは、多くの場合に通用する法則です。つまり歴史や理論を学ぶことは、私たちが物事を判断する際にとても役立つのです。
 しかし、こうして学んだ歴史や理論も、ただ知っているだけでは、宝のもち腐れです。「知は力なり」とは、フランシス・ベーコンの有名な言葉ですが、表現としては不十分でしょう。これは正確に言うと、「知識は実践に活かされて初めて力となる」ということです。知識に裏打ちされた行動こそが重要なのです。ですから大学で学ぶ知識も、実践に活かされてこそ価値を発揮します。この意味で、経営学はまさに現実に活かすことのできる実践的な学問です。
 ジム・ロジャーズの著書を読むと、理論と実践の両方の大切さが分かります。『冒険投資家ジム・ロジャーズ世界大発見』(日経ビジネス人文庫、2006)、『冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行』(日経ビジネス人文庫、2004)の2冊はお勧めです