学生を主体的にして21世紀型能力の育成に効果的なコーチング

1.キーワードは「主体的学び」
現在の大学教育が社会の要請に応えられていないとして、変革を強く迫られています。大学教育の改革はまったなし」(中央教育審議会)とまで言われ、全国の大学でアクティブ・ラーニングを始めとする多くの取り組みが始まっています。そこでのキーワードは「主体的学び」。2014年度、4回にわたって、これら種々の取り組みについての研究発表や研修に参加する機会をいただきました。それらから得られた結論は、ティーチング一辺倒の教育スタイルは限界に来ているということです。ティーチングは学生の受動的学習姿勢をはぐくみはしても、能動的・主体的学習姿勢をはぐくむことはないからです。ではティーチング一辺倒に替わる新しいスタイルとは?そのカギの一つはコーチングです。コーチングは、学生のやる気を引き出し、主体的な行動をうながすからです。

2.知識検索時代にはコーチン
「現在の小学生の65%は、いま存在しない職業につくだろう」(デビッドソン・ニューヨーク市立大学教授)とも言われる中にあって、いまある知識を教師が一方的にティーチングすることは、ますます意義を失いつつあります。その理由は、情報通信技術の飛躍的な進歩にあります。これは3つの革命をもたらしました。その一つが、検索革命です。インターネットで検索することで、たいていの答えは見つけ出すことができるのです。こうなると知識をもっていることの優位性は低下します。知らなくても検索するだけでいいのですから。こうして知識は教えてもらうのではなく、検索する時代に入ったのです。したがって、いまある知識を教えるだけのティーチングは意味を失うのです。学生に任せておいたほうが、教師よりもより早くより正確に検索できるのですから。

知識検索時代に求められる能力は、何でしょう?20世紀型学力中心能力ではなく、21世紀型能力とよばれ、議論が活発化しています。大学入試も知識偏重から、知識の活用力を問う試験へと大きくシフトし、2020年には大学入試センター試験も廃止されます。

これからの時代には、主体的に新しい情報・知識を創造し、新地平を切り拓いていく能力こそが問われるのです。そのためにコーチングは極めて効果的です。「人が本来もっている能力や個性を磨きだし、可能性を最大限に開花させる」ための一連のコミュニケーション・プロセスが、コーチングだからです。

3.コーチングの現状は?
コーチングと聞いて、まずはスポーツを思い浮かべるでしょう。しかしいまでは、スポーツ界だけにとどまりません。米国のビジネス界では、経営陣にコーチがついていることは当たり前になっています。日本のビジネス界でもコーチングが普及してきています。いまや、スポーツ界でも、ビジネス界でも、良い結果を出すためにコーチとの二人三脚が不可欠となっているのです。

では教育界では、どうでしょう?コーチと二人三脚で、研究・教育に良い成果を出している教師はいるでしょうか?コーチとして学生と二人三脚で目的に向かって進み、学生の可能性を開花させているような教師はいるでしょうか? 学生の能力や個性を磨きだし、可能性を開花させることのできるコーチングが、なぜ教育界には普及していないのでしょうか?

その理由には幾つか考えられます。もっとも大きな理由は、コーチングが学問として理論化、体系化、標準化されてこなかったからです。そのために、時に自己啓発の一種のようにも誤解され、どこか、うさんくさいとも、みられてきました。しかしコーチングの目的は、結果を出すことがすべてですから、理論があろうがなかろうが、効果が実証されていようがなかろうが、第一線のコーチたちには関心のないことだったのです。

この状況を打破して「コーチング学」を確立させ、教育界への普及をはかろうという動きが始まっています。本年2015年9月には、アカデミック・コーチング学会が設立され、北海学園大学で創設記念世界大会が開催されます(9月20日、21日)。

4.コーチングって何?
コーチの語源は「馬車(coach)」にあります。「大切な人を目的地まで送り届ける役割を担う乗り物」ということから、目標達成に向かってサポートする人を「コーチ」と呼ぶようになりました。日本のスポーツ界での「技術を教える人」というイメージのコーチとは明らかに違います。人のもつ能力を発見し引き出す人を「コーチ」と呼んでいるのです。教育にあたるeducationの語源も「引き出す」ですから、まさに教育とはコーチングなのです。

しかし日本での教育は、その字のごとく「教えて、育てる」ことを意味してきました。教師は、向かう方向を指し示して導く存在であり、目的地に向かって一緒に走る伴走者・パートナーではありません。教え導く教師は「上から目線」になりがちです。コーチは「横から目線」で、人の自発的な行動をうながし、継続してサポートしていく存在です。そのためのスキルと心構えを、トレーニングを通して身につけています。教師がコーチとしてのスキルと心構えを身につけて、学生の「主体的学び」をうながし、目標達成に向けて伴走していくならば、学生の可能性は開花するでしょう。

2014年9月から12月かけて学生30人を対象として、全8回のコーチング力養成ワークショップを、株式会社コーチングバンクからの助成を得て実施しました。原口佳典プロコーチの指導の下、学生30人はコーチングの基本を身につけていきました。また菅原の担当する「国際経営」では、コーチング主体型講義を実施し、伝統的な一方通行講義とは異なって、常に学生に考えさせるスタイルをとりました。

学生からは「コーチングを行なって自分枠が広がった。ワクワクしてきた」、「コーチングには考えを深めるという力と共に、もっと大きな根本を変える力が含まれていると感じた」、「質問力って、一生かけてどこまでも伸ばせるので面白い」、「自分が普段表に出さない本当の想いを表面化することができるため、コーチングの機会は積極的にもつべきだと実感しました」といった声が多く寄せられ、確かな手ごたえを感じています。

5.コーチングの真価
人は言われたことには反発し、自分で気付いたことには自発的に取り組みます。人は教えられたことは忘れ、自分で考えたことは覚えます。教えようとするのがティーチング。気付きをもたらして、自発的な行動をうながすのが、コーチング。あなたなら、ティーチングとコーチング、どちらのアプローチで接してもらえると、やる気がおきますか?

子供のころ、「勉強しなさい」と親に言われて、やる気をなくしたり、反発したりしたことはありませんでしたか?その積み重ねによって、いつしか勉強は強制されてやるもの、苦痛なもの、という認識が出来上がりませんでしたか?人間は本来、分らないことを知るということに、とてもワクワクする好奇心を一杯にもっています。自分から学ぼう、自ら知りたいという自発的・能動的な姿勢をもって誕生してきています。しかし、小学校から大学までの16年間の中で、ティーチング一辺倒の教育を受け、命令され、与えられ、強制される経験を多く積んでくるうちに、いつしか勉強は苦痛なもの、いやなものというイメージが出来上がってはいないでしょうか?

家庭、学校、社会で、自分の意見や希望を口にすると、まず否定されませんでしたか?「でもね、だってね、そうはいってもね」などなど。私達の周りには否定語があふれかえっています。自分に対しても、他の人に対しても、まず否定していないでしょうか。自己否定感に縛られ、自分で自分の可能性を狭めてしまってはいないでしょうか。

否定され、減点されて評価され、人と同じように振舞うことを強いられる日本の社会は、「否定主義」「減点主義」「同質性主義」に満ち満ちています。このようなネガティブ土壌から、新しい価値を生み出すようなイノベーションは可能なのでしょうか?

コーチングは、このネガティブ土壌を「肯定主義」「加点主義」「多様性主義」に満ちるポジティブ土壌に変えます。これこそが、コーチングの真価です。自分がコーチングを受け、他の人にコーチングをして、コーチングのできる人を生み出すことで、自分も他の人も自己肯定感をもって、可能性にチャレンジする社会へと進化します。