貧困博物館の建設

 3歳の娘がいるので、かわいくて毎日べろべろなめています。バカ親です。「目に入れても痛くない」って諺の意味を、以前は理解できず、目になんか入れたら痛いにきまってるじゃんって思ってました。しかし、娘をもって初めてこの諺の意味を得心できます。
 途上国では、貧しさから娘を売る父親がいます。同じ人間、同じ父親として、その気持ちは理解の範囲を超えます。娘を売る父親の気持ち、売られる娘の気持ち。うーん、言葉がない。
 現在は豊かな日本。しかし、100年もさかのぼらない時代に、やはり娘を売るということが、この日本でもおこなわれていたと聞きます。貧しいということは、人間を人間じゃなくしてしまう。その人の持っている能力を活かすことができずに、葬り去ってしまうことは、本人にとってはもちろん、社会のみんなにとっても大きな損失。
 世界のスポーツの舞台で活躍する日本の若者がたくさん出てきていて、私たちを感動させてくれます。けれど、彼・彼女らだって、今の日本にたまたま生を受けたから、能力を発揮できるのであって、違う時間と違う空間に生まれていたら、そうはならなかった可能性は大です。
 「貧困をこの地球上からなくして、博物館で展示することが、私の目標であり、それは可能だ」とユヌス・グラミン銀行総裁が、昨年の札幌講演で話してくれました。すぐに実現できそうではなくて、ちょっと大変そうなことに挑戦したほうが、やりがいがあるね。貧困博物館の建設、これは挑戦しがいがあるよね。