少子化の誤解

 少子化が進んでいることは誰もが知っていますし、それは日本の将来にとって良くないことであるというのが一般的な認識です。なんでも人の反対を考え、人と違う発想こそが新しい時代を創るという信念をもっている菅原は、少子化に悲観的ではありません。「人口が減って栄えた国は歴史上ただの一つもない」というのがこれまでのところ、歴史が教える事実です。しかし、「例外のないルールはない」というのも真理です。日本は、人類で最初の例外になれる力を備えていると思います。
 産業革命以来、人類の進歩とは何だったのかと考えたときに、簡単にいうならば、いかにして手を抜くかを工夫し続けてきたということでしょう。人間は本来怠け者なので、どうやったら手を抜けるかを考え続けてきたのです。ベルトコンベヤーによる生産方式で、大量生産が可能となり、安くて質の高いものが大量に供給されました。当初は、その生産ラインに100人が張り付いていたわけですが、生産性を高めるための絶えざる工夫によって、いまでは、たったの1人がコンピュータ制御で全工程を管理できるようになっています。
 つまり、生産サイドから見ると、成長の歴史は人減らしの歴史です。より少ない人で、これまでと同じ成果を達成することなのです。国も同じことです。より少ない国民で、これまでと同じ成果をあげることができれば、国全体として豊かになります。
 重要な視点は、単に人口が増えるとか減るということではなく、適切な人口の規模と、その人々の質の高さです。その国にとって、最適な人口規模というのがあるはずです。それよりも少なくても、多くても、国に負担をかけることになります。一人一人の質が高くて(なにをもって高いというかは議論が分かれるかもしれませんが)、かつ資産があり購買力が高ければ、生産面でも、消費面でも、問題はないのです。
 知的水準の高い日本人がたくさんいれば、人口は減ったほうが、今よりはるかに快適な暮らしができるでしょう。これまで2人でやっていたことを、1人でやれて、2人の消費分(これは単なるモノの消費だけではありません)を、1人で消費すれば、生産面においても消費面においても、これまでと変わらず、それでいて人が少ないのですから、快適な暮らしが出来るのではないでしょうか。そのためには、やっぱり教育が大切で、日本の生き残る道は「頭脳に汗をかく」以外にないでしょう。