非常識を常識に

札幌の大学で、6日間連続の夏期集中講義で、国際ビジネス論を担当する機会がありました。(参考→http://www.SugawaraOnline.com/InternationalBusiness/)一セメスターに渡って、週一回ずつやるより、一週間に集中してやったほうが良い点がたくさんあります(もちろんデメリットもありますが)。集中するのでこちらも頭の回転速度が上がって、「教えることは学ぶこと」ですから、多くのことを学ばせてもらいました(集中してやりますので、結構エネルギーを使い、このブログは休んでいました)。

「暑い夏に、脳みそに汗をかこう」をモットーに(なんと札幌の大学にはクーラーがない)、一方通行型の講義ではなく、頭脳と手を動かして、実践的なトレーニングをしてもらいました。その中で、常に「既成概念をぶち破れ」、「常識を疑え」、「昨日までの常識は今日の非常識」、「日本の常識は世界の非常識」てなことを言い続けてきましたから、一人の学生の方から次のような質問を受けました。

「私はいつも親から非常識だ、非常識だと言われています。これは、先生が言う常識を疑え、常識を壊せということと矛盾していますが、どのように考えればいいのでしょうか?」

答えは、他の人に迷惑をかけない限りは、自分の責任において何でもやって良い、ということです。失敗、大いに結構。成功よりも失敗から多くのことを学ぶのですから。いつの時代も、年寄りは若者をつかまえて、「最近の若者はなっとらん」とかなんとか文句をいうのが常です。今の文句を言っている年寄りたちも、かつての若き日には、その当時の年寄りから文句を言われていたのです(自分は絶対に若者に文句を言わない年寄りになろうと誓っています)。いつの時代も繰り返しているだけです。

他の人に迷惑をかけていないという信念があれば、年寄り連中に何と言われようとも、「今日の非常識を、明日の常識に」すべく、挑戦を続けてください。日本のこれまでの教育では、失敗をするなと教えられてきたので、挑戦するよりも、形にはまった中での優等生が賞賛されてきました。そういう優等生が歳をとって不祥事を起こし、いつも新聞をにぎわせています。本当に人間は、過去の教訓から学ばないものだなと思います。賄賂や談合などの不正事件が、いつも、いつも繰り返されています。

人間は、体も頭も、歳をとると共に硬くなる。これは誰も避けることの出来ない大自然の摂理。体も頭も柔らかい若者(35歳まで)こそが新しい時代を創るのです。「新しい時代を創るのは、若者、ばか者、よそ者」です。(総文字数:1033字)